実家で昔のアルバムを見返していたら、幼少時代に飼っていた猫の写真を見つけました。
名前はドン・タマ。
ドンちゃんとタマちゃんではありません。
ファーストネームとラストネームですかね。
ドン小西みたいなもんです。
私が3歳の時に我が家にやってきた雄猫。生後1ヶ月ほどでした。

4才になって間もない私と、生後4ヶ月位のタマ。
お盆に田舎へ一緒に連れて行った時の写真です。
当時は猫を入れるキャリーバッグなんてなかったので、今でいうアンティークな木製バスケット・・・いわゆる昔の買い物籠に入れて電車に乗り込みました。
ちなみに英語が出来た母は、「ファミリーネームが後ろに来るのだから、それでは(姓)タマ(名)ドンになっちゃう」とクレームをつけていました。
名付け親の父は「ここは日本なのだからこれでいいんだ」と言っていましたっけ。
尻尾が長くて全身サバトラ柄の綺麗な猫でしたが、四肢の先が白く、白いお腹に横一文字にトラ柄が入っていたので、「白足袋に腹巻きをしている粋な猫」と父は褒めていました。
従姉がタマを抱いているこの写真で、トラ柄腹巻きが分かるかな?
この頃のタマとの思い出と言えば風船です。
私が風船を膨らませていると、よく眼前で割られて泣かされました。
デパートでもらう風船や縁日のは浮くので、私も手の届かない天井にやっておくのに、食器棚の上からジャンプして割られたりもしました。

人肌に温めた牛乳でタマは育ちました。
離乳食もパンの耳を牛乳に浸したミルク粥。
よくお腹を壊すのでお腹の弱い猫だと言われていましたが・・・今思えばごめんなさいです。
タマが少し大きくなると遊び相手は私でした。
でも正確には遊び相手というより標的。
引っ掻かれたり噛まれるのが怖くて、しょっちゅう走って逃げていた私。
すると余計に興奮して後を追ってきて、私の両膝の裏をバリバリ引っ掻いて大泣きした事も思い出されます。
次の年も猫を連れて田舎へ帰ろうとしたら、大きく成長したタマに電車内でバリバリとバッグを破かれ、必死に抱きかかえて家に引き返した記憶があります。
タマと一緒に出掛けたのは、写真のこの一回のみ。

私7才の七五三。着物を脱いで長襦袢姿の私とタマを抱く父。
仔猫の頃父のエプロンのポケットをゆりかごに育ったタマですが、すっかり大人になって貫禄のどら猫顔です。
思い返せばこの頃から、家の玄関には猫が通る穴が空いていました。
隣りに大家さんも住む賃貸アパートなのに・・・(勿論ペット禁止)
幸い賢い猫で、部屋の引き戸は自分で開けていたので、父の穴あけ被害は玄関だけでした。

タマは抱き上げるとキュッと後ろ足が上がるハンター猫でした。
雀やネズミはまだいいのですが、インコや鯉や鳩などを捕ってくると、父に箒でしこたま叩かれるタマでした。
タマとの暮らしは7~8年だったでしょうか。
自由に家と外を行き来していたタマ。
当時も飼い猫に去勢手術をするのは珍しいことではなかったですが、「自然のままがいいんだ」という父の考えで手術はしていなかったので、恋の季節に出て行ったきり戻らず、しばらく泣き暮らしました。
嫌がるタマを無理矢理抱きしめ、一緒に布団に入って寝たことは今でもいい思い出です。





Thank you comments.
お久しぶりです☆
子供の頃からニャン子大事にしていたのですね(^^♪
モモママも昔のアルバム開いてみようかしら~チビという
トラ猫をかってましたよ☆
遅ればせながら今年もよろしくお願いします~