2005年12月のみーみー。
コタツが大好きでした。
こてんと寝る姿が可愛かったです。
掛け布団の上から膝に乗るのも好きでした。可愛かったな~。
今もコタツの中にいる気がします。
覗いてもふうしか居ないのに…。
みーみー貧血との闘い23&ふうの乳び胸
2005年11月9日。ふうの乳び胸検査。胸水は増えもせず減りもせず、少し溜まったままです。
咳は殆どなく元気があるので、様子を見るしか何もできません。定期的に検査だけでした。
12月6日。胸水は変わらず。毎回エコーを見るうちに、私も胸水が分かるようになりました。
12月初旬から、みーみーの元気が少しなくなってきて、10日から砂を食べ始めました。
そして赤いおしっこ(血色素尿)が出始めます。
2005年12月20日。みーみー通院日。予想通り検査結果は悪く、赤血球21%。薬は増量。
がっかりですが、真夏と同じで真冬も強いみーみーです。すぐ持ち直してくれると思いました。
2匹とも心配な状態ではありましたが、ふうとみーみーは頑張りました。
特にみーみー。体調が悪い時もあったけれど、2005年は一度も輸血を受けていません。
口内炎の消毒を始めてから1年ちょっとになり、左の口内炎はほぼ治ってきていました。
貧血も少しずつ良くなってくれる!2006年はもっと通院を減らせると、期待していました。


2005年11月と12月のふうとみーみーです。今思うと仲良しだったな~。
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2泊3日で、叔父夫婦が遊びにきてくれました。
ふうは良い子にしていましたよ~。
とっても可愛がって貰えました。
叔父たちが帰ってしまった後、探していたようです。寂しくなっちゃったかな?
みーみーが居た頃より人見知りがなくなった気がします。前は怖がりのみーみーにつられていたのでしょうか。
叔父達にみーみーに会って貰いたかったなぁ。
みーみー貧血との闘い22(ふうの乳び胸)
2005年9月下旬。みーみーの体調が良く安心しきっていたところに、ふうの咳がはじまりました。
咳をする回数が増え、出始めると長く咳きこみます。検査結果は、気管支の炎症。
そして胸水が少し溜まっていました。胸水を抜いて調べるはずが、少なすぎて上手くとれず、
このときは咳止めなどの薬を貰っただけです。元気なので、あまり心配していませんでした。
2005年10月6日。元気がなくなり少し痩せてきたふう。体重は5.15kg。(過去最低)
でも咳は1日1回くらいに減り、胸水は変わらず少し。少し良くなってきたと思っていました。
しかしその後また咳が続きます。10月13日。検査。抜いた胸水は真っ白でした。
ここで「乳び胸」との診断。原因がわからず、ちゃんとした治療法はありません。
珍しい病気で完治は難しいと聞き、ショックを受けました。しかしぐずぐず言っても仕方がない!
薬を飲んで大丈夫なら、一生飲み続ければいい!みーみーだってそうだもの。
2匹とも病気と上手く付き合って行けばいい!と開き直りました。
2005年10月24日。咳は出ないし、食欲旺盛。がんがん走って元気なふう。体重も増えました。
胸水は減りもせず、増えもせず。先生はもっと悪くなると予想していたらしく驚かれていました。
薬をやめ、様子を見ることになります。うちの猫はみーみーだけじゃなく、ふうも強かったのです。
2005年11月4日。みーみー通院日。赤血球30%で数値は少し下がったものの、血液の濃さのバランスが良くなったみーみーは、引き続き好調。体重も増えて5.1kg。また太り過ぎに(笑)
10月に少し体調が悪くなった気がしましたが、みーみーは自力で回復したようです。


2005年10月21日と11月4日のみーみー。よく見ると口内炎が写っています。
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2005年7月25日撮影です。
体調が良い時のみーみーは、よくふうに戦いを挑んでいました。
攻撃もしますが、絶対に噛まない子でした。ふうに噛まれてキーキー言っても噛みません。
「いけいけ!みーみー!噛み返せー!」と、2匹が戦い始めると、いつも弱いみーみーを応援していました。
噛めば良かったのにー。
みーみー貧血との闘い21
2005年8月。真夏は体調が落ち着くみーみー。特に心配な様子もなく過ごしていました。
8月19日。赤血球28%。少し落ちたけれど元気なので、ステロイド3/4錠が1/2錠に減ります。
元々みーみーはフードの好みが変わる子でしたが、この頃から頻繁に変わるようになりました。
以前は同じカリカリを数か月は食べてくれたのに、2週間くらいで食べなくなってしまうのです。
だいぶ後になってからですが、腎臓が悪い子は、フードの好みが変わりやすいと聞きました。
もうこの頃には少しずつ、腎臓が傷んできていたのかも知れません。
2005年9月。ステロイドを減らしても元気なみーみー。9月17日の検査では、赤血球34%!
病気になって初めて、次の検査日まで7週間空く事になりました。大喜びです。
教官先生が「次は1ヶ月半か2ヶ月空けましょうか?」と仰ったとき、私と担当の先生で「みーみー良かったね~」と、皆でみーみーを覗き込んだら「シャーッ!」と返事。3人で大笑いでした。
みーみーが絶好調で喜んでいた9月18日。ふうが突然大量嘔吐で病院へ。
脱水している事から1泊入院になりました。この入院がきっかけ?なのかは謎ですが、
この後から具合がおかしくなり、驚きの病気になってしまいます。ふうの乳び胸の始まりです。


2005年8月と9月のみーみー。大好きな箱の上でおやすみ中。体調絶好調です。
- by なあ
- 2009年01月14日
- 【みーみー 貧血との闘い】
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2005年7月14日のふうとみーみーです。2匹一緒にいるのは可愛かったな~

みーみー貧血との闘い20
2005年5月6日。何とか連休を乗り切ったみーみー。赤血球18%は変わらず。
薄くなった腰回りの毛が伸びてきて喜んだのもつかの間、今度は右半身が薄くなり始めました。
5月中は毎日おしっこ10回以上で、食欲もイマイチ。2回に籠るようになり体重も減っていきます。
5月27日。赤血球変わらず18%。薬を続けて様子を見る以外の方法はなく、先生も同じ事しか言えない様子で、いつまでこの状態が続くのか凹むばかりでした。
ただ、具合悪い割にはだんだんふうと遊ぶようにもなっていました。
これは、体調の悪さに身体が慣れたためだそうです。
こうしてみーみーの身体が貧血に慣れ、数値が悪くてもどんどん動けるようになっていった事で、
体調の見極めが難しくなっていきました。
2005年6月。何をした訳でもないのに、みーみーは急激に復活しました。
やはり夏に近づくと元気になるみーみーです。6月17日。赤血球27%。
長いことヘモバルトネラも見られないことから、抗生物質の投薬を停止。体重も少し増えました。
2005年7月。元気だけれど、食欲にムラが出始めます。口内炎が酷い様子。
7月15日。赤血球31%になって一安心のはずなのに、口内炎のために抗生物質復活です。
この日、ヘモバルトネラが0になったか調べるため遺伝子検査を受けましたが、、結果を聞いた記憶がありません。しかしこの後はっきりしたヘモバルトネラは確認されていないのです。
見えなくても隠れているかもしれないとの事でしたから、ずっとびくびくしていました。
ヘモバルトネラが確認された時の貧血の進み具合は、免疫性の時より急激だったと思います。


2005年7月撮影。押入れで遊ぶみーみー。そしてやっぱり箱入り(笑)
- by なあ
- 2009年01月06日
- 【みーみー 貧血との闘い】
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ブログとHPのプロフィール。
ブログの上部も、みーみーの部分を書き変えました。直さなくてはいけませんものね。
コメント欄は、猫飼い皆さまとの情報交換できる大事な場所なので、閉じるのは嫌なのですが、ちょっと訳がありまして、暫くまたコメントご辞退申し上げます。
サイドバーにメアドがありますので、たまにメール頂けたりしたら嬉しいです。
みーみー貧血との闘い19
2005年、4月15日、赤血球18%。帰宅後、血色素尿は一度ですが、おしっこが止まりません。
6時間で10回超え。酷い時は15分しか間が空きません。その後も1時間おきなど酷い状態。
これではみーみー、ちゃんと眠ることも出来ません。お水ばかり飲んで、ご飯は殆ど食べません。
そして相変わらず投薬を嫌がりまくり。暴れまくりです。何しろ1秒も静止してくれないみーみー。
2人がかりで押さえて一瞬で口に放り込むしかありません。
しかし苦さを覚えてしまって、薬を見ただけで口から泡を吹き、唾を撒き散らして走り回ります。
それと、吐き出されると薬が使い物にならなくなります。ステロイドはすぐにダメになってしまう。
と言うわけで、苦肉の策。錠剤をオブラートで包む事にしました。
丸いオブラートを8等分に切り、爪楊枝の先にお水を付けながら、錠剤ぴったりに包むのです。
これだと1錠の4分の3飲ませる薬を1個に纏められるし、半分に切っている錠剤も角を丸く出来て、ひっかかりなく飲ませられます。吐き出されても、乾かせばまた使えます。
苦さを忘れて泡を吹かなくなるまで1か月ほどかかりましたが、この方法は有効でした。
多い時は、朝晩3錠ずつでしたからかなりの数でしたが、ずっと内職のように包み続けました。
ネオーラルは包みませんでしたが、他は殆ど全部。みーみーの最後まで包み続けていました。
2005年4月24日。嘔吐が多くなるみーみー。投薬後1時間以内に吐くことが多くて、ちゃんと薬が身体に入っているのか心配です。その後、月末もずっと調子が悪い様子が続きます。
おしっこ回数は1日10回以上。連休をを前に不安な日々でしたが、何とか乗り越えられました。


2005年3月24日と5月1日撮影。TV台の中が大好きだったみーみーです。
- by なあ
- 2009年01月04日
- 【みーみー 貧血との闘い】
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今年もよろしくお願いします。
みーみーの闘病記録は、こちらの猫ブログに引っ越しするまでの2006年10月まで書くつもりです。
早く書き終えたいのですが、終わってしまうのが怖い気もします。
みーみーがいないと寂しいな~。
それに、寝てばかりのふうだけでブログがやっていけるのでしょうか(笑)
時々みーみーも登場させようと思っています。
みーみー貧血との闘い18
2005年3月28日。赤いおしっこが出始めるみーみー。砂を食べる姿を見て、ふと気付きました。
その数か月前に、なっちちゃんが貧血で氷が食べたくなると聞いたことを…。
検索して見ると、貧血の鉄分不足が原因の「異食症」がHITしました。
貧血の猫さんにも多くみられる事が分かりました。
4月1日。検査。赤血球18%。異食症について質問してみると、十分考えられるとの事でした。
ところで2004年に発見されたヘモバルトネラですが、腕の手術後ぐらいからずっと見られなく
なっていました。赤血球がなぜ壊れるのか解らず、解らない時は免疫性、と言う感じでした。
貧血はFIVウィルスの関係も考えられるとの事でしたが、私は今でもこれは納得していません。
世の中にはキャリアの子は沢山いますし、現にうちは、ふうもキャリアです。
みんな貧血になっていないじゃないですか。他に原因があると思うのです。
このとき薬は病気になって以来、最高量になり、口内炎も治らないでしょうとのお話でした。
その後も血色素尿が出続け、食欲は落ちていきます。キャットフードを食べないため、夜中に
レバーを焼いたりして食べさせていましたが、レバーもすぐ食べなくなってしまいます。
2005年4月12日。だんだん1人で隠れたがるようになるみーみーを見ていて思いました。
みーみーは、うちに来てから嫌なことばっかりなんじゃないか?人間が怖いのに連れてこられて
病院ばっかり。嫌な薬は、きっと一生飲み続けなければいけないし、それでも悪くなってしまう…
うちに連れて来てごめんね。もう嫌な病院は行かなくていいから、嫌な薬も飲まなくていいから
みーみーの好きなようにしてていいから。
このまま嫌がる事を続けても、大して元気になれないなら返って可哀相。全てやめてしまおう。
それで身体がダメになっても仕方がない…。
4月13日。朝起きてみーみーを見ていたら気持ちが変わりました。
薬を飲ませなければ、みーみーは死んでしまいます。見殺しにする事は出来ません。
少しでも元気になって欲しいのです。私から逃げても可愛いくて、ずっとうちに居て欲しいから。
みーみーが病気の間、何度も何度も同じ事を考えました。


2005年3月撮影。押入れで寛ぎ中。押入れ大好きで、開けると飛んできました。
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