ボケ画像ですが、どうしてもみーみーです。
みーみーがいなくなってから思ったより早く立ち直れていたのに、年末にかけて涙が止まらなくなってしまいました。
早く時間が経って欲しいと思っていたのに、気持ちが変わっています。
来年になると「みーみーがいたのは去年」になってしまうのが悲しいです。
皆さま、みーみーのご心配と応援をありがとうございました。
沢山の励ましを頂いて、本当に心強く嬉しかったです。感謝しております。
来年は、新たな気持ちで頑張ります。
今年もお世話になりました。お身体にお気をつけて、良いお年をお迎え下さいませ。
みーみー貧血との闘い17
2005年1月。消毒頑張ったせいかレーザーが少し効いたのか、口内炎が少し小さくなりました。
それと同時に食欲旺盛なみーみー。あっと言う間に体重は5kg。
2005年1月15日。赤血球36%。しかしみーみーの体調変化は予想がつきません。
「薬を減らしたいけれど、去年一度減らして良くなかったし…どうしようか、うーんどうしよう」と、
教官先生も頭を抱える始末です。凄い大学の助教授なのに、私の前で悩むなんて~と
ちょっとおかしかったです(笑)やはり動物相手の治療は手探りなのですよね。
1月31日。良くなりかけた口内炎は元通り。出血してるにも関わらず、みーみーは平気。
口から血が出てるのに食欲旺盛で、2週間で200g増の5.2kg。ステロイドの副作用です。
う○ちが柔らかくなるほど食べ過ぎになったため食事制限しますが、効果ありません。
2月15日。血液検査結果は良好で、赤血球36%、体重は更に増えて5.4kg。
みーみーは片腕がありません。腕1本300gくらいを差し引いて考えないといけません。
「完全に肥満です。このままだと体力が落ちたときに一気に脂肪肝になったり、糖尿病にもなりやすい。次回までに体重は現状維持ではなく、5.1kgくらいになるように」と先生。
でもみーみーへの食事制限は難しい…。ところが困っているうちに食欲が落ちてきたのです。
2005年3月。とても元気で、走る、ジャンプして遊んでいるみーみーでしたが、何か変なのです。
なんだかおかしいな~と悩んでいたら、3月10日頃からおしっこが増え、砂を食べ始めました。
3月17日、嘔吐。3月18日、通院日。また貧血が始まってしまいました。赤血球22%。
ただ、「赤血球の数値は落ちてるけれど、身体は新しい血液をどんどん作り出している」との事。
せっかく減っていた薬がまた増えてしまったけれど、すぐ持ち直せると思っていました。
しかしその後もおしっこ回数は増えるばかり。また、1時間もたないときもあります。
砂をガンガン食べるし、妙に甘ったれで、すっかり体調悪いみーみーになってしまいました。


2005年2月撮影。コタツの中のふうみー。顎を伸ばして寛ぐみーみー。
- by なあ
- 2008年12月30日
- 【みーみー 貧血との闘い】
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ここ数日、ふうが夜になると少し咳をしています。
前のように何度も続く訳じゃないし、走ったり元気にしていますから、大丈夫とは思いますが…。
どうしてうちの猫は、いつも年末年始に不安定になるのでしょうねぇ。
年末でバタバタしていますので、年内はコメントご辞退申し上げます。(ブログ更新はします)
皆さんのブログにご挨拶に行かせて頂きます。よろしくお願いいたします。
みーみー貧血との闘い16
2004年12月末。大学病院は年末年始27日から6日までお休み。
そんな時に限って、体調が怪しくなるみーみーです。
口内炎が悪化して食事するのが辛そう。やたら口を擦ります。なのに砂を食べる量は増える…。
28日。大学に電話して様子を報告。29日、30日と嘔吐が続いたため、また電話。
様子によっては他所の病院で診て貰うようにとの指示を受けました。
問題はどこの病院に行くかですが、ちょうど11月、みーみーの面会に行く途中に、電車でばったり会った知人から、隣の市に良い病院があると聞いたのです。
獣医師が10人以上いて、年中無休の大きな病院との事。思いきって電話してみました。
みーみーの事情を話すと、いつでもどうぞと嬉しいお返事で、それだけで気が楽になりました。
2005年1月2日。様子を見ながら新年を迎えたものの、やはり不安になり初めての病院へ。
10月に、他の病院で嫌な対応をされたので怖々でしたが、受付の方も先生もとても感じよく、
優しく話を聞いて下さって、気持良く見て下さって、嬉しくてたまりませんでした。
何しろ、みーみーの事情を話すのは長くなりますからね(笑)
やっと良い病院が見つけられました。こちらが大学病院卒業後、最後まで診て頂いた病院です。
さて検査結果は、体調は大丈夫だけど口内炎が増えて悪化してることが判明。
レーザーをかけて頂き、食事が出来ないことから、ウォルサムの栄養粉ミルクを貰ってきました。
しかしこの粉ミルク状のフード…一年前、病気になったときにシリンジで与えていたものですが、
みーみーが嫌いなフードです。
カリカリは、時間かけても少ししか食べられないので食事量が足りません。でもこれは飲まない。
とにかくカリカリ好きのみーみー。お腹が空いてるようで、口をくちゃくちゃしたり擦ったり、首を振ったりしながら、一生懸命ご飯を食べています。その姿を見ていると、可哀相で涙が出ました。
ただ、幸い貧血は進んでないようで、食べてない割には元気がありました。


2004年12月1日撮影。やっぱり箱入り。ぴったりはまる感じがたまらないらしいです(笑)
- by なあ
- 2008年12月27日
- 【みーみー 貧血との闘い】
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年賀状が出来上がりました。
今回で、みーみーの写真を入れるのは最後と思うと、涙が出ます。
プリンター使っていると、今のプリンターを買ってきた日から上に乗ってたな~なんて、思い出す事ばかりです。
ブログでは、喪中にさせて頂きます。
新年のご挨拶は、失礼させていただきます。
※ちょうど1年前の今日のふうみー。
点滴に通って、貧血が持ち直したばかりでした。そして、みーみーが一番禿げていた頃です。
みーみー貧血との闘い15
2004年11月13日。帰宅したみーみーは、ちょっとオドオドしていましたが、だんだん落ち着き、
夜は珍しく私の枕元で寝ていました。食欲は旺盛。砂を食べるのも旺盛でした。
ミイラ状の服は長すぎてトイレで汚れそう。短めに切ってセーターのように着せてみたら可愛い!
嫌がらずに着てくれていました。
傷口を見ると思ったより大きく、T字形で横8cm、縦は10cmくらい。20針ほど縫ってありました。
肘部分までしか腕がなかった頃も、まるで先まであるような動かし方をしていましたが、
全く腕がなくなっても、トイレやご飯を埋めようとする仕草をするみーみー。
肩のあたりがヒクヒクして、腕を動かしてるつもりなのが分かり、切ない気持ちになりました。
この仕草は、ずーっと最後までしていました。
みーみーは、ずっと腕がない事に気づいていなかったのかも知れません。
11月19日。検査。赤血球も増え、血糖値も問題なし。次の通院まで1か月空きます。
術後の傷も問題なく、抜糸も出来ました。暫く服は着せ続けていました。
肩甲骨から外してしまったから肩が貧弱になってしまい、せめて早く毛が伸びて欲しいのに、
その後もあまり伸びず、結局今年に入るまで薄いままでした。
全断脚後は何だか可哀相で、服を脱いだ後は暫く右側から写真を撮るのはやめていました。
相変わらず投薬を嫌がり、また体調が少しずつ落ち始めます。そしてもう一つ気になる様子。
口の中がおかしい?投薬の嫌がり方が半端じゃないし、時々口をくちゃくちゃしています。
2004年12月14日。血液検査結果もイマイチでしたが、大変なことが・゚・(ノД`)・゚・。
口の中に2か所。大きな口内炎が出来ていました。
やっぱりね!なんて納得している場合じゃありません。
いつもの投薬の他に、口内炎の消毒と塗り薬が加わります。もちろん毎日。
細い竹串で出来た長い綿棒でするのですが、もちろんこれも嫌がりまくりです。
すぐ舐めてしまうからあまり効果があるようにも思えませんでしたけど、ずっとずっと続けました。
そして口内炎が治るまで、1年半かかりました。


2004年11月29日撮影。セーターが伸びきってます。(ジャージー素材の筒状の布を切ってるだけです)
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今年3月15日のみーみーです。
舌を出してる写真は珍しいのに、アップしていませんでした。
このあと体調落ち気味になってきます。
だいちゃんが家に居た頃です。
みーみーに負担をかけて悪かったな~。
※今日ゆみんももちゃんからメールを貰いました。ちょうど前回の記事中に、ゆみんももちゃんが出てきてます。
ご無沙汰していたのに、ブログ見てくれて、みーみーのお悔やみありがとう。
みーみー貧血との闘い14
2004年11月9日。みーみー手術日。面会はなし。結果を聞くため5時頃電話をしたら、午前中の手術が押したのでまだ手術前。8時半頃にかけると、これから始めるとのこと。
10時半に電話したら、やっと終わっていました。
手術時の出血も少なく、麻酔から覚めてご飯も食べていると聞き、ほっとしました。
11月10日。外科の先生に抱かれて連れて来られたみーみーは、元気いっぱいでびっくり。
ニャーニャー鳴いて他の方に迷惑だし、待合室のベランダに出たがって、走り出してしまいます。
リードを着けていたので、みーみーに引っ張られて待合室を走る私。恥ずかしくてまいりました。
肩甲骨から腕を外す大きな手術をした次の日に走れるなんて、猫って凄い!と驚きました。
もう一つ驚いた事。前日の夜10時半に電話でお話した先生と、執刀医の外科の教官先生(助教授)が、お二人で説明に出てきて下さった事です。
みーみーの手術は最後の手術ではなく、その後に手術を受けた子もいるのです。
かなり遅くなったはずなのに、ちゃんと出勤していらっしゃる。
11日間の入院中、毎日面会に行きましたが、内科の先生方も毎日お会いしてました。
お休みしていない先生方に頭が下がる思いと、感謝の気持ちでいっぱいでした
次の日から内科に戻り、11月12日退院。
手術の日から数日、免疫抑制剤が飲めなかったのと、輸血して一気に血液が増えたため、
身体が安心して血液を造らなくなってしまったとの事で、少し貧血進み始めての退院でした。
ところで、どの先生も嫌いでシャーシャーばかり言ってたみーみーが、退院の日は妙に先生に懐いているのです。11日間の入院中、もう頼れる人は担当先生しかいないと思ったのでしょうか。
途中で外科に行き内科に戻った事で、余計にいつも会ってる先生が身近に感じられたのかな?
先生に「なんだか先生に慣れましたね」と言うと「そうなんですよ!もう可愛くて~!」と、
みーみーを撫でながら仰って頂き、とても嬉しかったです。
更に先生は「私はみーみーファンなんですよ。仕事中疲れたときはみーみーのケージに行って
『みーみー』と頭を撫でていたのです」と、本当に嬉しいことを仰って下さいました。
しかしせっかくみーみーが懐いた担当先生は、3月で大学病院を退職なさるとの事。
この日、春からの担当先生を紹介されました。
1か月前、1泊入院輸血の時、一度診て頂いた事がある、とびきり美人の先生でした。
この後3月まで、お二人の先生が交互に診て下さる感じになりました。



2004年11月10日。傷保護のためミイラ状の服。11日。先生が、可愛く見えるように作って下さいました(笑)
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いつもいきなり私の背中に飛びつくふう。
今は厚着の季節だから楽なのですが、今朝はやられました。
背中に手を回してるときに飛びつかれたー。
私の指に爪がかかり、、そこで踏みきられました。
深いささくれ状になっております。
血が出ました。痛い~。・゚・(ノД`)・゚・。
※新聞読むのを邪魔するふう。
みーみー貧血との闘い13
2004年11月3日・4日。面会に行くと、みーみーは、プラスチックの箱に入って登場しました(笑)
無類の箱好きであると話してあったので、先生がみーみーのために用意してくれたのです。
とても気に入ったらしく、入院中面会に行くと、毎日その箱に入ったまま連れて来られ、
入ったまま退場していました。
ケージの中でもしっかり自分の場所にしているとの事。先生のお気遣いが嬉しかったです。
腕は膿を全部出して貰い炎症も治まり熱も下がりましたが、腕を吊る包帯の換えは、いくつも縫って毎日届けていました。貧血の改善を目指し、飲み薬は一種類にして他は注射で対応です。
11月5日(金)。面会時間前に、ポニョちゃんとゆみんももちゃんとラクーアでランチ。
そのまま、お二人とも一緒に、みーみーの面会に付きあってくれました。懐かしいな~。
この日はまず、内科の先生からのお話。貧血が改善されないので、週末に輸血との事。
そして外科の先生からのお話。肩甲骨から切断する事。費用の事。全身麻酔で手術なので、
当然危険もある事。すべて了解の上で、お願いしますと答えました。
11月8日。次の日の手術に備え、また輸血。面会しながらの輸血になりました。
先生が見ている時はおとなしいのに、私だけになると大暴れ。
輸血の点滴が着いているのに逃げ出そうとするみーみーは手がつけられず、私と格闘です。
洗濯ネットに入れられても大暴れ・゚・(ノД`)・゚・。結局、面会は中止でみーみーは退場。
次の日は手術で面会出来ないのに、寂しさも何もあったものじゃありませんでした。
退場するみーみーを見ながら、みーみー可愛くなーい!と、心の中で叫んでいました(笑)



2004年11月3日、先生が用意してくれた箱入り。点滴の針が付いてるため、足にピンクの包帯。
5日、ポニョちゃんの膝の上。8日、ネットに入れられて輸血中。(当時の写メ画像は小さくて…)
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土曜日にあった忘年会で、ご一緒した方が、差し入れで持参して下さったケーキです。
総勢30名ほどの忘年会。
ケーキはもちろん皆さんへの差し入れですが、形を私用に特注して下さいました!
可愛いでしょう~。感激でした。
興奮してしまいましたよ~。
しかもとっても美味しいケーキでした。
大きさは普通の1ホールです。
みーみー貧血との闘い12
2004年10月下旬、腕の炎症のせいで熱が出始めるみーみー。余計に貧血が進みました。
その上まともに薬が飲ませられなくて、良くなるはずがありません。
腕はどんどん酷くなり、正視できないほどドロドロで今すぐにでも切ってしまいたい状態なのに、
貧血は全く改善されない。しかもみーみーは、体調が悪いときほど投薬への抵抗が激しくて、
薬を見るだけで口から泡を吹き、唾を撒き散らして走り回ります。
つばと包帯が取れたときの足跡。床を拭きながら泣きたい思いでした。
私も夫も投薬を考えるだけでブルー。イライラ。
何度も投げやりになり「みーみー、もう薬は飲まなくていいから。血がなくなったら輸血して貰って、それを繰り返せばいいから」などと言ったりしていました。でも投薬を止める事は出来ません。
この頃は気持ちに全く余裕がなく、正直言って、みーみーが可愛く思えない事も多かったです。
もう家ではどうにもならないから、入院させて欲しい。ずっと入院させて貰って、元気になったら返して貰えばいい!とも思いました。
気持ちは限界に達していた11月2日。熱があるみーみーは、検査するまでもなく入院決定。
9日の断脚手術を目標に、血を増やして、麻酔がかけられる体調に持って行く事になります。
いざ本当に入院となると、みーみーが可哀相で、悲しくて寂しい気持ちでした。


2004年10月22日撮影。やっぱり箱に詰まってます。
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草も一人占めなんだから、慌てなくていいのに。
みーみーの3倍のスピード食べるから、いつも横取りしてたものね。
ふうは一昨日お風呂に入りました。
ふわふわです。
冬になったせいか、ニキビも治ってきています。
みーみー貧血との闘い11
2004年10月14日、退院して帰宅したみーみーは、食欲あるものの、おしっこばかり。
なんと一日に18回とか15回なのです。1時間もたないときもあり…すぐ食欲も落ちてきました。
それより大変なのが腕。溜まった水が漏れ始め、ぐちゅぐちゅ。そして膿んできてしまいました。
それでも歩くとき腕を着いてしまうので、みーみーの丸い足跡がベタベタとそこらじゅうに…
ガーゼで包み包帯を巻きますが、みーみーの棒状の腕からすぐに抜けてしまいます。
強く巻く訳にはいかないし、毛があるからテープ止めも出来ない。
苦肉の策で、包帯を使ってまちを付け、バケツバッグ状に縫って腕を吊りました。
こちらは先生に褒められました。正面の写真が写メ画像しかありません。
しかし猫は身体が柔らかい…。これでも時々抜けてしまいます。
トイレで抜けてしまい、ぐじゅぐじゅの腕に砂が付いてしまうと、取れなくて大変でした。
2004年10月26日、赤血球14%。輸血せず薬を増量。問題は炎症をおこした腕です。
「かなり酷い状態で、皮膚にも大きな穴が開いている。治るのに時間がかかるし、治ってもまた水が溜まって同じ事の繰り返しになる。膿んでいると細菌感染も心配」と先生。
そして「今のみーみーさんは体力がないので、麻酔がかけられるようになったら右腕は肩から切断しましょう。2週間後を予定しています」との事でした。
こんな病気の上に、また手術するのは本当に可哀相だし、せっかく少しある腕を全部なくすのは
本当に嫌でしたが、みーみーの身体を思ったら仕方ありません。
今ベトベトの腕を吊っているのだから、無い方が楽かも知れないと思い、切断を決めました。


2004年10月30日撮影。箱にぎゅうぎゅうに詰まってました(笑)
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コタツを点けると暑がって出てきてしまうので、湯たんぽ入れています。
前はレンジでチンの湯たんぽを使っていましたが、お湯を入れるタイプの方が、温かさが長持ちしますね。
お手軽なのはレンジタイプだけど、基本が一番!ってことでしょうか。
ふうはもちろんお気に入りで、抱えたり肘掛けにしたり。
ポカポカだね~♪
みーみー貧血との闘い10
大学病院の内科診察日は、火水金の予約制。何故かみーみーは、週末に体調を崩す事が多く、
不安な週末が多かったのです。そしてふうも、具合悪くなるのは日曜日。
日曜日に診察してて、先生も感じ良い。地元に良い病院を見つけられたと喜んでいました。
2004年10月10日(日)急激に悪くなったみーみーが、火曜日までもつか不安で行ったのです。
どの程度の状態なのか診て貰い、栄養の注射か点滴して貰えれば、と思って行ったのです。
ところが、事情を話したとたんに、受付の女性の顔が変わりました。診られないと言うのです。
「大学病院を紹介してくれた病院に行かれたらいかがですか?」と冷たい対応。
前の病院には行きたくないし、だいたい今日は日曜日でお休みだし…と話しても、
「明後日から院長は出張ですから、診ても仕方がありません」と言うのです。
え?だから、明後日は大学病院に行くから…病気の治療して欲しいとは言ってないから…
受付で押し問答。女性は院長を呼んできました。感じ良いと思っていた院長は出て来るなり、
「カルテもない!どんな治療をしてるか分からない子は診られない!」ときっぱり。
このままでは動けなくなってしまうから!と訴えても、聞く耳を持ってくれませんでした。
車の中で「みーみーごめんね」と泣きながら帰宅。その夜から、みーみーは動けなくなりました。
それでも強いみーみーは、12日火曜日まで頑張ってくれました。
10月12日、赤血球11%で輸血。1泊入院。悪くなるスピードが速く、先生も驚かれていました。
大学病院で、地元の病院での事を話すと「普通は断らないのですけどね…」と先生。
後で知ったことですが、獣医さんは、どんな子でも診療拒否をしてはいけないそうです。
この獣医さんは規則違反です。この時から私は、大きい病院信者になりました。
個人病院なんてダメ!みーみーは一生大学病院で診て欲しい!と思うようになりました。
輸血したものの調子は上がらず。そして腕に溜まった水が、漏れ始めるようになりました。


2004年10月15日撮影。みーみーは晴れ女でした。通院で傘を使ったのは2回だけです。
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切り絵のポストカードを頂きました。
全部、猫の切り絵で、とても素敵です。
アートでしょう?
(切り絵作家・杉江みどりさんの作品)
ふうも気に入ったかな?
写真を撮ろうとしたら、上を歩くので慌てました(笑)
最近よく猫モノを頂きます。
嬉しいです~。
みーみー貧血との闘い9
まずは、みーみーの腕のお話から…。出会った時のみーみーは、片腕ぶらぶら状態でした。
すぐに病院で治療を受けたものの、神経は切れていて、傷は縫っても皮膚がもうダメでした。
何とか腕を残す方向で治療していましたが、結局、右腕肘部分から先が壊死してしまい、
切断する事になったのです。断脚手術が終わったとき、思ったより腕が残っていて喜びました。
しかしそれは大間違い…。普通はこんな所で切らないそうです。使ってしまって水が溜まる…。
実際にみーみーは、切断から5カ月後に、水抜きの手術を受けています。その時も大変でした。
肘部分まで腕があった頃のみーみーは、ほぼ4つ足と同じように歩いていました。
骨が床にあたりますから、ボコボコ足音をさせていました。そして水が溜まるのです。
これも最初の獣医さんのミスです。獣医さんも、腕を残し過ぎたと仰っていました。
大学病院を紹介してくれた、例の獣医さんです。
2004年10月7日頃から、急にみーみーの元気がなくなりました。肉球も口も白くなっています。
10月9日。心配で病院に電話するものの、土曜日のため、担当先生は不在。
他の先生から、予備のステロイドを飲ませるようにとの指示を受け、12日火曜日に診察予約を
入れて貰いました。しかし10日の朝、顔つきが変わるほど急激に悪い状態に。
日曜日のため、大学に電話して他の獣医さんに連れて行くことを了承して頂きました。
夏ごろに、ふうやごんを連れて行って、地元でみーみーを診てくれる病院を決めていたのです。
日曜日休みじゃなく、先生が1人じゃない病院。みーみーの事も話してありました。
先生も感じ良かったので、まさかここで嫌な思いをする事になるとは思っていませんでした。


2004年9月15日と25日撮影。みーみーは、右腕も先まであると思っていたようです。
埋める仕草は、先まであるような動かし方でした。それは全断脚後も続きます。
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みーみーがいなくなって、昨日でちょうど1か月。月命日でした。
まだつい最近まで、みーみーがいた気がします。
私は早く一年くらい経って欲しいのです。そうすれば、去年はこうだったな~とか思わなくなりますものね。
今年8月10日のみーみーです。
さすがバランス感覚がいい!
みーみー貧血との闘い8
前回の書き忘れ。4月から、担当先生が女性に変わりました。とても可愛らしい良い先生でした。
2004年4月30日。みーみーのおしっこが赤いのに気付きました。3回連続で赤いおしっこ。
慌てて病院に電話し、5月1日土曜日でしたが、特別に診て貰えることになりました。
ところが、朝は普通のおしっこ。この時は原因も何も分からずじまいでした。
この後も何度か赤いおしっこが出ていますが、いつも夜で朝は普通。
採尿も検査も出来ず、結局これが血色素尿だと分かったのは、一昨年2006年11月14日です。
5月1日は、赤血球21%。5月14日は、赤血球23%。数値は低いながらも安定してきたので、
薬を飲み続け、体調に気をつけながら、通院は1か月後まで空きます。
この頃からみーみーは、体調の変化とともに、フードの好みが変わるようになりました。
そして1カ月後の6月14日。また赤いおしっこ。6月16日の検査では、赤血球19%。
落ちてるものの輸血を重ねるのは良くないし、そこまでの数値でもないので、様子見で1か月。
するとみーみー、7月16日には自力で26%に回復したのです。
そのままみーみーの状態は良くなり、8月26日には赤血球33%。
「もう普通の猫ですよ」と先生。嬉しかったな~。やっとステロイドを減らす事が出来ました。
病気になってからいつも、夏のみーみーは体調が安定していました。
9月22日、赤血球33%で横ばい。また薬が減って大喜びでした。
しかしこの頃から、肘部分まであった右腕に水がたまり始めます。
そしてそれが、大変な事になって行くのです。


2004年9月15日と、7月28日撮影。一時期かなり薄くなった毛が、9月には少し伸びています。
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たんとごんのワクチンに行ってきました。
キャリー内で小さくなるたんたろー。
たんもごんもヘタレで、怖がってキャリーから出られません。
どうしてうちの猫たちは、揃いも揃ってヘタレなのでしょうね(笑)
健康診断もしてきました。
2匹とも良好で一安心です。
今日は、みーみーが最後に病院に行ってから、ちょうど1か月。
待合室も診察室も、みーみーを思い出して辛かったです。ごんが唸る度に、みーみーを思い出して涙が出ました。
みーみーの担当先生にお会いしたかったけれど今日はお休み。初めての先生に診て頂きましたが、返って良かったかな?
あそこでみーみーの話をしたら、泣いてしまいそうでしたから。
みーみー貧血との闘い7
2004年3月19日。2・3日前から少し食欲が落ち、肉球が白っぽくなって嫌な気がしたものの、
まだ病気がわかってない私は、大学病院卒業のつもりで検査に連れて行きました。
赤血球17%。輸血と検査で入院。ショックでした。この頃はこんな数値で輸血していたのです。
そして3月21日。自分で自分の赤血球を壊してしまう「自己免疫性溶血性貧血」との診断。
猫には珍しい病気で、完治は難しいとのお話でした。
少なくとも半年か、何年も薬を飲み続ける事になると聞き、気が遠くなりそうでした。
3月23日、赤血球26%で退院。ステロイドがプレドニンに変わります。
その他の薬も入れて2種。(この頃の薬の名前と量の記録がありません)
帰宅したみーみーは、また砂をガンガン食べていました。4月6日・検査、赤血球26%。
4月中旬からおしっこ回数が異常に増えて心配になり、4月20日急きょ検査して貰ったところ、
赤血球24%で、また貧血が進み始めていました。おしっこはステロイドの副作用でした。
そしてこの日初めて、ヘモバルトネラが発見されました。
みーみーは、自己免疫性貧血と、猫伝染性貧血(ヘモバルトネラ症)のW貧血になりました。


2004年4月4日撮影です。元気でしたが、4月中旬ごろから、腰回りの毛が薄くなり始めます。
この頃から、たん・ごん・ふうを連れて、今後みーみーを診てくれる獣医さん探しを始めました。
ねこ写メブログはこちら
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ふうがうちに来て10月22日で6周年だったのに、あの頃はみーみーの事ばかりで過ぎちゃいました。
ふうちゃん、ごめんね。
大きくなって、体調も落ち着いてて良かった~!
(最近また赤い涙が出てますけど)
コタツに寄りかかってメタボお腹のふうです。
みーみーが食べなかったフードを食べて欲しいのに、SDヘアボールコントロールライトしか絶対に口にしません。
頑固だな~。
みーみー貧血との闘い6
退院後のみーみーはとても元気で、洗濯物干しを見に来たり、じゃらし棒を咥えて持ってきたり。
「良かった~」と、感激の日々でした。でも、このときから投薬との戦いが始ります。
薬は「必ず全部が身体に入るように。絶対食事に混ぜたりしないで下さい」との事。
首を振って暴れて、0.5秒すら静止しないみーみーへの投薬は、5年近く本当に大変でした。
退院して一週間後の2004年2月20日。「今日は良いお話と悪いお話があります」と先生。
貧血は解消して血液の量も申し分なし。胸の水もすっかり無くなり、腸も正常に機能。(良い話)
しかしステロイドの副作用で血糖値が上がり、糖尿病になりかかってしまいました。
このとき先生は「こちらの責任です」と仰っています(笑)
おしっこ回数がだんだん増えて、おかしいと思っていました。
ステロイドを減らし一週間後の通院2月27日。血糖値は下がり糖尿病は避けられました。
貧血の状態も良く「血液が順調に作られている。もう大丈夫と思われる。」
しかし、「何しろ病気の原因が全く解らないことと、一時はあそこまで酷い状態になったのだから、
今、薬を止めるのは不安がある」との事で、薬を飲み続け、次の検査まで3週間空いたのです。
私は、病気は治ったと思い、次で大学病院卒業と思っていました。(このとき赤血球33%でした)
みーみーは毎回診察室で先生に唸り、シャーシャーばかり言う子でした。
先生方は慣れていらっしゃるし笑っていましたけど(笑)私は、こんな態度じゃ可愛がって貰えないのに~と、ヒヤヒヤ。そして情けなかったです(笑)
当時の担当教官先生(助教授)は、みーみーを「みーみーさん」と呼んでくださっていました。
みーみーが唸ると、「みーみーさんがキレないうちに検査しましょう」なんて仰っていました(笑)


2004年2月21日と3月13日のみーみー。特に変わりなく見えました。
まさかまた入院になるなんて思ってもいませんでした。
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